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校長室だより ♪校長室カンタービレ♪ 第34号が発行されました

♪校長室カンタービレ♪ 第34号

平成30年7月2日

前号で、「脳波に基づいて自動作曲を行う人工知能」について書き、この研究開発について私は、「怖い」という表現を使いました。なぜ「怖い」という感情を持ったのか、少し自己分析してみました。

音楽は、まずは作曲者(人間)が、自分の思いを楽譜という形にして表現します。次に演奏者(人間)が、作曲者の思いをくみ取りながらも自分なりの解釈を加え、自分の思いとして楽器や自分の声を使って表現します。そして音楽を聴く者(人間)が、自分の思いに照らし合わせながら聴き、作曲者と演奏者の思いを受け止めます。この三者の思いが共鳴(共感)した時、そこに感動という心の強い揺れが生まれるのです。この感動そのものが音楽の喜びです。自分を表現する喜び、表現を受け入れてもらう喜び、表現を受け入れた時の喜び。これこそが音楽を学び、音楽を楽しむ最大の魅力です。私は今まで何の疑いもなく、そう考えてきました。

しかし、「脳波に基づいた自動作曲を行う人工知能」は、私が学んできた音楽の常識を覆すものでした。

まずは音楽を聴く者(人間)のその時の感情を、脳波という目に見えるかたちで機械が測定し、感情モデルとして分類します。次に人間の作った人工知能が、感情モデルに合致した作曲ルールに基づき自動作曲します。それをシンセサイザーで音楽として流します。そして音楽を聴く者が、自分の感情に合致した曲として自動作曲された音楽を聴いて、感情をコントロールします。感情をコントロールされると言ったほうが適切かもしれません。

自分の感情を表現するために音楽を学んできた私にとって、自分の感情を機械に表現されてしまうことに対する違和感を覚えてしまったのかもしれません。今までの自分を否定されてしまうような気がして、「怖い」という感情を持ったのかもしれません。

もちろん、「脳波に基づいた自動作曲を行う人工知能」は、今後様々な分野で有効活用されていくことが考えられます。特に、医療や介護の分野では、この技術が大いに活用されることが期待されます。本当に素晴らしい開発だと思います。しかし一方で、作り手の顔を思い浮かべることのできない、作り手に思いを馳せることのない音楽が、人間にとって最も大切な感情表現にどれだけの影響を与え、どれだけの価値観をもたらすのか、人間である我々がしっかりと見守っていく必要があると感じています。

どんなに人工知能が発達したとしても、人の手による温もりを失うことだけはしたくありません。人間の感情を人工知能にコントロールされるのではなく、人間が人工知能を永遠にコントロールし続けることを願います。人工知能を作り出したのは人間なのですから。

次号では、人工知能の活躍が最も期待できる「音楽療法」について書かせていただきます。

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