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校長室だより ♪校長室カンタービレ♪ 第17号が発行されました

♪校長室カンタービレ♪ 第17号

平成29年10月16日

 第13号から16号まで、全盲の世界的ピアニストである辻井伸行さんについて書かせていただきました。

今回は、直接的には音楽に関係しませんが、前号からのつながりで「共生社会」について、ある言葉から考えてみたいと思います。

ある言葉とは、「障害者福祉の父」と呼ばれた糸賀一雄さんが1965年に書いた本のタイトル「この子らを世の光に」です。「この子ら」とは、障がいを有する子どもたちを表します。

糸賀さんは、1914年に鳥取市に生まれました。旧制松江高校(現島根大学)を経て、京都帝国大学(現京都大学)を卒業。1946年に戦災孤児と知的障害児のために近江学園を創設しました。死の間際まで、壇上で「この子らを世の光に」と訴え続け、1968年の講演中、心臓発作により54歳で亡くなりました。「この子らを世の光に」は、戦後の障害児教育(現特別支援教育)の指針となりました。

皆さんは、2016年7月に神奈川県相模原市で起きた障害者殺傷事件を覚えていらっしゃいますか。施設に男が侵入し、19人を刺殺するという大変悲惨な事件でした。「障害者は生きていても仕方ない」という犯人の言葉は、社会に大きな衝撃を与えました。この事件後、改めて「この子らを世の光に」がクローズアップされたのです。

「この子らを世の光に」と「この子らに世の光を」の違いを考えてみてください。「を」と「に」が逆転しただけですが、全く違う意味になるはずです。

「この子らに世の光を」ですと、障がいを有する子どもたちを保護されるべき哀れみの対象と捉え、みんなで光を与えてあげようという意味になります。

「この子らを世の光に」は、障がいを有する子どもたち一人一人が輝く存在であり、その存在が社会に光を照らすという意味になります。

糸賀さんは、「弱者こそ社会を形成しているのだ。」と言っています。弱者がいる世界は当たり前であり、お互いに共存することが当たり前だということなのです。強者だけの世界は存在し得ません。あらゆる存在が絡まって、助け合い、高め合い、共存していくことこそ、「共生社会」の本当の意味となるのです。

糸賀さんは、障がいを有する子どもたちの生活の中に、「より自分らしくあろう」「より良く生きよう」という自己実現の意欲を見ました。それは、健常者と変わらないどころか、健常者よりもひたむきな、それぞれの個々のかたちでの「生」への歩みであると感じました。つまり、障がいを有する子どもたちこそが光を放ち、社会を形成して輝かせる存在なのだということを、「この子らを世の光に」という言葉で表現したのです。

社会を形成するのは我々一人一人です。私は今、「この子らを世の光に」という言葉の意味を、改めて自分の心に問いかけています。

 

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